(角川春樹事務所PR誌『ランティエ』’17年1月号より)
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生まれたところが、河原町(かわはらちょう)という川辺の町だった。
学生時代は京都の鴨川べりに住み、
その後、広島の天満川と太田川の中州に住んだ。
いまは、多摩川の河川敷すぐそばで暮らしている。
根っからの河原乞食なのである。
川の水がさらさら流れているところでないと、
なんだか落ちつかないのである。
角川春樹さんから「東京の街を舞台にバーの話を書きませんか」
とオーダーいただいたとき、
まず思いついたのは、東京・二子玉川のまちだった。
戦前、母方の祖父は二子玉川で材木商を営み、
川に浮かべた屋形船で鮎を食べ、
川辺の料亭で飲んだくれては、タヌキにだまされ、
風呂と思って肥つぼに入ったそうだ。
母からは戦前の花火大会の話や、いまは廃線となった砧線の電車が、
たった1両で田園地帯をゴトゴト走っていたと聞いたこともあった。
ぼく自身が結婚するまえの、春の夕暮れどき。
祖父や母の愛した二子玉川に住もうと、部屋を探していると、
川辺をツバメが群れ飛び、蝙蝠がひらひら舞っているのが見えた。
バカルディというラム酒のラベルには「蝙蝠」のマークがついていて、
ラッキー・バットと呼ばれていたことが頭に浮かんだ。
マーテルというコニャックには「ツバメ」のマークがついていて、
これまた幸福の象徴といわれていた。
酒好きのぼくは
「二子玉川はおまえにとって幸せの土地だよ」
と神さまがおっしゃってくださっているような気がして、
あっという間に部屋を決め、
それ以来、26年あまり夫婦二人で多摩川の川べりに住んでいる。
女房は子どもの頃からずっと重いアトピーを患い、
調子が良くなったり悪くなったりを繰り返しているけれど、
調子の悪いときにかぎって、
窓辺をツバメが、ぷっくりした可愛いお腹を見せながら、
ゆっくりと滑るように飛んでいったりする。
夫婦げんかをした黄昏どきには、
蝙蝠がラム酒に酔っ払ったように、川辺をふらふら飛んで、
おもわずぼくと女房を笑わせてくれる。
楽しいときもしんどいときも、
多摩川が、あるときは優しく、あるときは激しく、
なんだかぼくらの血液みたいに流れつづけている。
そんなこんなで、『バー・リバーサイド』の主人公は、
多摩川と動物たち植物たち、
そして、なにより川の神さまだと思っている。
ちなみに、蝙蝠の語源は、「川守(かわも)り 」なのだそうだ。