舞台は、東京のはずれ、二子玉川。
川沿いにある、小さなバー「リバーサイド」。
横長の窓からは、美しい夕映えや、ゆったり流れる多摩川が見えます。
カウンターには、二人のバーテンダーが立ちます。
ひとりは、渋いマスター川原草太(60歳)。
京都の大学で、工学部の万年助手をやっていましたが、
大学でいろいろあって、ふるさと二子玉川に戻って、バーを始めました。
アシスタントのバーテンダーは、
沖縄生まれのイケメン青年・新垣琉平(30歳)。
ちょっとおっちょこちょいですが、
じつは物事を冷静に見つめていて、
年上のひとにも気後れせずに、言いたいことをズバズバ言います。
琉平のオバアは、霊感の高いひとで、琉平もその血を継いで、
妙な直感がさえるときがあります。
バーテンダーとしての腕はたしかで、お茶目な琉平は、リバーサイドの人気者。
そんな二人のバーテンダーが、ボケとツッコミの名コンビを演じながら、
お店にやってくるお客さんの心に、やさしい風をおくります。
今回、バーにやってくるのは――
第1話。「海からの風(シーウインド)」
大阪生まれの寿司職人・若松海人(わかまつうみひと)(60歳)は、
がんこな江戸っ子の義父がやっていた寿司屋を継いだ2代目。
義父はお客への愛想もなく、ひらすら寿司を握ることに専念したが、
ミシュランの一つ星をもらった。
が、義父が亡くなり、自分の代になってからは、ミシュランの星はつかなくなった。
お客さんへのサービスはぬかりなくやっているし、腕にも自信はあるのに・・・。
しかし、義父の言った「おめえのシャリは、どっか甘(あめ)えからなあ」
ということばが、心の隅にずっと引っ掛かっていた。
江戸前寿司にこだわった義父に忠実になろうとすればするほど、
自分の立ち位置がわからなくなる。おれは、この先、どうすればいい?
ひとりグラスを傾ける若松に、前作『バー・リバーサイド』に登場した常連、オカマの春ちゃんが、絶妙のアイディアを授ける。
第2話。「星あかりのりんご」
藤沢あかね(30代の女性)の実家は、奥二子(おくふたこ)といわれる二子玉川郊外にある果樹園。
婿養子に入った山形生まれの父は、ことのほかリンゴが好きで、
東京では珍しくリンゴを栽培していたが、急逝(きゅうせい)。
あかねはフランスに留学し、
テレビや雑誌取材のコーディネーターをしていたが、
急遽、父の果樹園を継ぐことに。
あかねにとって、父との思い出は、リンゴ。
そして、ヨーロッパでの思い出も、リンゴ。
あかねは、フランスとスペインにまたがるバスクの土地で飲んだリンゴのお酒=シードルの味が忘れられなかった。
そうだ。二子玉川でシードルを造れないだろうか?
あかねの頭に稲妻のようにアイディアがひらめいた。
第3話。「行雲流氷(こううんりゅうひょう)」
二子玉川の高島屋裏で美容室をいとなむ沢田明彦(50歳代後半)。
沢田は、北海道・網走で生まれ育ち、高校卒業後、東京に出て、
美容師への道に入った。
歳のはなれた妹をとても可愛がっていたが、
妹は、流氷が海をうめつくしたある朝、こつ然と消えてしまったのだという。
修業時代、沢田がカットやシャンプーのやり方に悩むと、
必ず、妹が夢枕に立って、その秘訣を教えてくれたのだそうだ。
バー・リバーサイドには、網走に住むマスターの友人から
ときおり「流氷」が送られてくる。
その流氷を使ったオンザロックを飲みながら、
沢田は、妹との前世からの因縁を語りはじめる・・・。
第4話。「ひかりの酒」
比嘉壌治(ひが・じょうじ)は、ビールやウイスキー、清涼飲料水
などのメーカー「スターライト」の宣伝部員。
TVコマーシャルを作る広告プロデューサーをしている。
沖縄出身で、父は米兵、母は嘉手納基地の近くでクラブ・バーを経営している。
楽しく仕事を続けてきた比嘉だったが、最近は、
毎夜、バー・リバーサイドで泥酔の日々だ。
話を聞けば、
会社の体制が変わり、政府広報からいきなり無能な女性上司が、
宣伝部長として天下ってきたのだという。
直球勝負で職人気質の比嘉は、そんな部長とうまくいくわけがない。
「永遠の、夢みる夢子ちゃん」の部長は、宣伝の仕事をわかりもしないのに、
自らを「プロデューサー」だとおちょぼ口でエラソーに言う。
日ごろから、プロデューサーとは何か、
と問い続けながら生きる比嘉にとって、
しろうとがクライアントという権力を振りかざして、
いいかげんな仕事をし、
それをプロデュースと自称するのが、許せない。
だれもがプロデューサーと名乗れるこの時代、
「職人仕事とは何か?」「プロとは何か?」を考える一篇。
第5話。「空はさくら色」
水沢空(みずさわ・そら)(30歳代前半)の夢は、
電車の運転士になること。
いまは、大手鉄道会社に入って、毎日、運転訓練にはげんでいる。
じつは、小学生時代、親友だった女の子の影響で、
電車が好きになったのだ。
放課後、親友とふたり、
多摩川の鉄橋を渡る電車の姿をうっとり眺めたとき、
すっかり、電車に恋してしまった。
ゴトンゴトンという音が、好き。
一所懸命、まっすぐ走っている姿が、カッコイイ。
でも、電車への恋のきっかけをつくってくれた親友は、いまはいない。
あるとき、多摩川の急な増水で、流されたのだ。
親友は、空より、ずっと電車が好きだった。
いま、空はそんな親友の分まで、がんばろうと思っている。
でも、どうしても、運転がうまくならない。
そんなとき、空に奇蹟がおとずれる・・・。
シリーズ1の『バー・リバーサイド』からお馴染みの常連。
福岡生まれの手打ちうどん屋の井上。
オカマの春ちゃん。
台湾人の美人整体師・周雪麗先生。
清潔神経症のライター、森繁幸。
一癖も二癖もある、脇役たちが、華を添えます。
アイラ・モルトの流氷ロック、キンキンに冷えたモヒート、サクランボのビール、
燻製のチーズと穴子、ピンチョス、ジャーマンポテト……読むだけで飲みたくなって、食べたくなるシーンもいっぱい!
バーで織りなされる魂のふれあい、そして、深い人生模様。
心にしみいるひとときを、ぜひ、どうぞ。
すべてのイラスト・岡崎勝男