たそがれ時、堂島川が薔薇色に輝きはじめる頃、
「バー堂島」に灯がともる。
『たそがれ御堂筋』には、春夏秋冬の季節ごとに4つの短編がおさめられています。
●第1話「梅は咲いたか、梅酒はまだかいな」
ほのかに梅の香る季節。
主人公は、北野彩香(きたのあやか)。
大阪に本社のある洋酒やビールなどを製造販売するメーカー
「スターライト」の社員。
入社以来、新製品のコンセプトを考え、販売キャンペーンを企画してきた若きエリート。
そんな優秀な彼女にとつぜんの人事異動が・・。
しかも、本社から地方の営業への異動だという。
いまの部署で実績があるのに、
どうして、わたしが異動に・・・?
しかも、はじめての営業・・・。
カウンターには置かれた梅の盆栽からは、せつない梅の香りが
漂ってきます。
思いおこすのは、大宰府に「左遷」された菅原道真・・・。
組織のなかで生きていくことは、どういうことなんだろう?
組織人としてのわたしの価値はどこにあるんだろう?
マスターとその親友のお好み焼き屋・キムの話を聞きながら、
彩香は考えるのだった。
●第2話「父からの暑中見舞い」
バー堂島のマスター・楠木正樹は、最近、自分の仕事のやり方に悩んでいる。
マティーニの味についても、可愛がっていた後輩バーテンダーに手厳しく批判された。
取材に来た有名ライターにも、けちょんけちょんに言われた。
いつもの自信はふらつくばかり・・・。
そんな真夏のある日。
難波橋(なにわばし)を渡っていると、亡くなった父にそっくりの男を
見かける。
その後も、何度か遭遇。
やがて、夜、バー堂島に、父のゴーストがやってくる。
そして、大好きだったサントリー角瓶のストレートを飲む。
マスターにとって、父と過ごした懐かしい日々がよみがえる──。
そうして、ひとつのことにしか集中できなかった不器用な父は、
悩める息子に、ひとつだけアドバイスをしてくれる・・・。
●第3話「堂島サンセット」
大手電器メーカー(松風電器)宣伝部を定年退職した山本茂雄。
定年後、好きだった渡し船の写真と文章の本『渡りに舟』を出したら、
たまたまヒット。
いまは、いちおう作家として生きている。
最近、山本は自分の本の宣伝のために、
Facebookをはじめた。
あまり、自分のことを宣伝するのは好きじゃないが、
宣伝をしないと本は売れないのだ。
ところが、SNSは怖い世界だった。
わけのわからない人から友達申請はくるし、
みんなが「わたしを見て、わたしを見て」と繰り返し発信してくる。
それが、どうにも鬱陶しい・・・。
その話を横で聞いていた毛坊主の南方が、
「己が、己が」というのは人間の性(さが)ではないか、と言う。
まあ、そう言われると、自分だって、本の宣伝のためにやっている。
けっきょく、同じ穴のムジナじゃないか・・・。
SNSの世界にとまどいながらも、
惹かれていく老年作家の山本。
人生のたそがれ時を迎えた定年オヤジたちの
「少年にもどったような」コミュニケーションを
微笑ましく、コミカルに、描いた作品です。
●第4話「雨にぬれても」
冷たい雨の降る12月。
忘年会シーズンもはじまったのに、バー堂島は、客の入りはさっぱり。
体調を崩したマスターの楠木は、雨にぬれながら
行きつけのスクナヒコナ薬局に向かう。
スクナヒコナ薬局は、北新地で夜だけ営業している。
(少彦名命=スクナヒコナノミコトは、薬は酒造りの神さま)
経営者は東大卒のエリート薬剤師、薬研麻実(やげんまみ)。
チャレンジ精神が大いにある。
でも、どこか頭でっかち。
インド好き、エスニック好きの彼女のつくったカレーをさかなに、
忘年会が開かれる。
やってきたのは、
FMナニワで、DJをしているブルース・ミュージシャンの星川凛太郎。
大阪ウチナーンチュのスイミング・インストラクター、上原カナ。
カナの祖父で、有名な沖縄の唄者、嘉手川林哲(かでかわりんてつ)。
林哲オジイは、カラスのような黒一色の出で立ち。
カラスとも会話ができるという。
そんなホンモノのワールドミュージシャン=林哲オジイは、
薬研麻実の「青さ」を見抜き、やさしいアドバイスをしてあげる。
ほんとうに世界を理解するには、
頭ではなく、からだで、細胞で理解すること。
そんなこんなをオジイは教えてくれるのだった。